「長距離トラック」
随分昔の話だ。当時18歳の少年が母親に連れられて会いにきた。
当時、彼は荒れていて、母親に暴力が絶えないという相談だったが
・・・根っこは別のところにあった。父親の仕事を毛嫌いしていたのだ。
父親の仕事は長距離トラックの運転手。ほとんど家にいない。
それからことあるごとに、俺に会いに来て、他愛もない話をしては帰っ
ていった。
数ヶ月経って、名古屋の叔母の家に仕事を手伝いに行くと聞いたので、
浜松に向かう俺の車に同乗させた。東京インターから走って、70キロ
を過ぎる頃、御殿場の周辺で事故があり、通行止めになった。たしか、
朝の4時頃だった。5時間以上、足止めを喰らった。パーキングでは
大型トラックの長蛇の列。そして、高速道路脇にも車があふれていた。
時間帯の影響もあっただろうが、ほとんどがトラックトラックトラック。
ある者は運転席に足を上げ寝て、ある者は眠そうに目をこすり、ある者
は状況説明なのか、青ざめた顔で搬入先と電話をしていた。クリスマス
近かったせいだろうか、家族に電話をしている者も多くいた。
少年はその様子をじっと見ていた。「木津さん、このトラック何処に行くの
?」「さあな。大阪に行く人もいるだろうし、下関あたりの人もいるだろうな。
あのナンバーは鹿児島だから南九州だろうな。」「鹿児島はここから遠い
?」「そうなぁ・・・あと1500キロくらいかな。めちゃ遠いわ」「・・・・・・
・」
「お前の父ちゃんも、毎日こんなふうに運転してんだよ。ものすげぇ労働
だ。お前の父ちゃんたちがいなけりゃスーパー行っても喰いモン買えねぇ
し、ジュースだって飲めない。お前が着てる洋服だって、彼らがいなけれ
ば流通しないんだよ。トラックは人間の身体でいうと、血管のなかを通る
赤血球とか白血球だな。トラックの運ちゃんは偉いのだ。わかる?」
「うーん。あんまりわからない・・・」
そんな会話をした。ようやく、封鎖がとけて高速道路が流れ出した。
色んな話をした・・・名古屋に数時間かけて着いたころには少年は少し
スッキリしていたようだった。
その後、少年とは会う機会がメッキリ減った。何年たっただろう。
つい最近、小笠PAで声をかけられた。少年だった。 すっかり大人びた
その姿は、少々太ってはいたが、筋骨隆々で、真っ黒に日焼けしていた。
軍手をはめ、彼の運転する車には「○○○運送」と書いていた。
嬉しかった。うまく言えないが・・・涙がこみ上げてきた。押忍 木津龍馬
追伸。写真は「白鳥の湖」終了後の舞台裏。どんな世界にも、表に立つ
人たちの裏側には、たくさんの人たちが存在し、支えている。汗を流し、
黙々と働く。決して目立つことはないが、確実に彼らの存在なくしては、
何事も成立しないのだ。人は一人では何も出来ない。深謝。ありがとう。
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