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夜中に一本の電話が鳴った。弱っちい声。「木津さん、ごめん。もうだめです。・・・カチ」一方的に切れやがった。嫌な予感。おいおいマジかよ。おいらは疲れてるんだぜ。まいった。気がついたら車を走らせ声の主の部屋へ。鍵がかかってない。 睡眠薬の山。でもまだ半分は残っていた。「こら、起きろ!」おいらは叫びながら奴をぶん殴った。うつろな目でおいらを見る。悔しくてまたぶん殴った。奴は今回で3度目の自殺未遂だ。「馬鹿たれ!いつも俺が来るとはかぎんねえだろうが!」奴は泣いていた。おいらも殴って泣いていた。なんでそんなに命を粗末にするんだ。生きたくても生きらんねえ奴らがたくさんいるんだぞ!そう言おうと思ったが・・・言葉を呑み込んだ。

会社でイジメにあっているらしい。それも5年以上・・・。イジメといっても大人の世界。完全なるシカト。タチが悪い。俺も覚悟を決めた。言ってはいけないセリフ。「もう二度とこねえよ。もう死にたきゃ死ね。しらねぇよ。クソ面倒くせえ。」奴は悲しそうな顔をしていた。それでも何かが伝わったのだと思う。明日会社を辞めると言った。故郷に帰ってやり直すのだと。こんな時は・・・逃げんのもいいと思う。無理して命落としたらモトモコモないけんね。奴はおいらの目の前で、自分で辞表を書いた。あとは二人で昔話をした。

おいらの小学校の頃の話。小学校5年生の頃半年以上シカトされた。ずっと我慢した。クラス替えが行われる6年生になったら事態は変わるだろうと期待していた。でも、甘かった・・・。さらにシカトは続き、孤独だった。毎日、職員室の自転車置き場の後ろで泣いてた。親にも言えず、先生にも言えず、ただただ我慢していた。でも、心のどこかで、薄ら笑いを浮かべて同級生達にスリ寄ることも拒否していた。ある日・・・あまりのシカトにキレタ。頭の中で何か音がしたんだ。掃除用具のモップでシカトの言いだしっぺの奴を殴った。同級生は泣き叫び、助けて!と俺に懇願した。幸いにも事件になるような怪我はしなかったが・・・気持ちよかった。この日を境にシカトがなくなり、そして・・・俺の中で暴力が正義になってしまった瞬間でもあった。それは、26歳くらいまで続いちゃったけど・・・。恥ずかしい限りです。今は違うよ(笑)誤解ないように(笑)。当時、ウルトラマンや仮面ライダーは助けに来なかったし、兄貴や友人もいない。自分でなんとかするしかなかったんだ。子供心に・・・何度も命を絶つことも考えた。もしかしたら・・・誰かがそんなときも手を差し伸べてくれてたのかもしれません。でも、そんなの何にも見えなかった。ただ寂しさと絶望だけ。

今となっては解るよ。全て自分が引き起こしていたんだと。でもその時はもう必死。親に心配かけたくない。弱い自分はいや。死ぬのは恐い。友達はほしい。先生きらい。もうそんな感情のごちゃ混ぜ。そんな他愛もない話をたくさんした。奴は泣きながら聞いてくれていた。こんな話をしてたら、どっちが助けられてるかわかんなくなっちゃった。 生きようね。今は逃げてもいいから・・・生きよう。強くなろう。時間をかけて。

昨日のニュースで・・・小学生の女の子が自殺に追い込まれた報道がされていたけど・・・気持ちはよくわかる。わかっちゃいけないかもだけど、よくわかる。お前もそう。死にたくなる気持ちはよくわかるよ。でもね、生き恥晒しても覚悟を持って全うしようよ。

みんなさ、もし死にたくなったら・・・そっから3年間必死でなんかやってみようよ。誰か、なんかに出会えるかもよ!そんでもダメだったら・・・そん時一緒に考えよう。え?なんで3年間かって?そりゃぁ、石の上にも3年っていうからじゃん。言ってることがめちゃくちゃ? そりゃそうですわい。おいらの存在自体がメチャクチャだもん。このHP読んでるあんたが悪い!!(笑)

ってな冗談はさておき・・・。とにかくさ、死んじゃだめよ!!笑うのだ〜!!泣いても笑っても、凹んでも怒っても明日は来るワイ!知ったフリして言わせてもらう!甘えんなよ!!苦しみながらでも笑って生きやがれ〜!!!!!!

・・・あ、そうそう。アセンションうんたら、なんてふざけたこと言ってると・・・マジ怒りますわよ。わたくし。だってヒーラマンだもーん。(笑)(桜井会長命名)

押忍  木津龍馬     乱文許し給え!!

追伸・・・A君、マジもう知らんよ。4度目はねぇぞ。バカタレ。(怒&笑)
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