「無記名の手紙」
浜松に行く数日前に一通の手紙がきた。差し出された人の名前が
書いていない。よくあることだから、多分遠隔の依頼だろうと、なん
の疑問も持たずに封書を開けた。
木津龍馬様
息子が5月初旬に他界致しました。その節はお世話になりました。
目をとじる最後のときまで、木津さんとプロレスで遊んでいただいたことを
嬉しそうに話しておりました。ありがとうございました。息子にとって
は今世は厳しすぎたようでした。やっとやすらかな顔になりました。
ありがとうございました。お体ご自愛のほどを。 かしこ ○○○○
・・・・記憶をさかのぼった。プロレス・・・思い出した。もう何年前だった
ろうか。俺と同じ歳の男の人が母親に連れられて来たことがあった。
その男性は、高校生まではごく普通の少年だった。しかし、大学受験に
失敗し、何かが壊れたのだそうだ。家族の間でも反応が日々薄くなった。
診断の結果、重度の自閉症で、極端な不安症を患い、昼も夜もわからず
あるだけ食いもんを喰らい、体重は100キロを越していた。
そんな生活の中、両親は離婚。母親が引き取り、あらゆるところで治療
を受けていたが、言葉すら発することができなくなっていたらしい。精神科、
霊能者、ヒーラー、チャネラー、占いと限りない数の場所をまわっても、
表情を変えず、言葉も発せずの繰り返し。
確か俺のところに来たのは、30代の後半だったと思う。生年月日も俺と
変わらない彼は、完全に目が死んでいた。その彼が、会った瞬間に、「あっ」
っと叫んだのだ。母親は目をまるくした。俺の手元に釘付け。
俺の手に持っていたものは今では廃刊になってしまった「週刊ゴング」。
プロレスの専門誌だった。表紙は・・・佐山聡。そう、新日本プロレスの無敵
のマスクマン。タイガーマスク特集だった。彼はその本に反応し、声を発した。
どこに行っても、言葉すら発しなかった彼の声を、20年ぶりに母親が聞いた
瞬間だった。「もしかして、タイガーマスクのファンだった?金曜の夜ワールド
プロレスリングを見て興奮してたべー!?俺もそーだったよ!」というと、彼は
ダイナマイトキッド戦や小林邦明戦、ブラックタイガー戦をいきなり語りだした
のだ。俺もうれしくなって、初代タイガーマスクの話に花が咲きまくった。
なんども言うけど、何処に行っても声すらださなかった彼が・・・30分もしゃべ
ったあとは、もう一緒にプロレス技をかけあって遊んでいた。(笑)母親はアゼン
としながらも笑い泣きしていた。
そう。彼とはそれっきりで、すっかり忘れていた。ヒーリングなんかなんにも
なし。ただタイガーマスクの話して、プロレスごっこして遊んで、週刊ゴング
あげてバイバーイ、って感じだったから。たしか、夏だったよね。汗くさかった
もんね。
思い出した・・・。彼だ。
思い出したら急に泣けてきた。ごめん、忘れちゃってた・・・。そーかぁ。卒業
したんだ・・・。一回くらい、生でプロレス見せてあげたかったなぁ。記憶や意識
って・・・何で戻るかわからないよね。社会に戻れたかどうかは、わからなけど、
・・・晩年、少しは話せたのはなぁ・・・。俺と同い歳かぁ。
うっ。また泣き虫の虫がわさわさ出てきた。くぅ〜。泣けるぜ・・・。ご冥福をお祈
り
致します・・・・。またプロレスごっこしよーなー。
追伸。ジーパン忘れた奥平さん、沖縄物産ありがとー。原田さん、野菜ありがとう。
音部さん、メロンありがとうございやした。
写真は3歳になったロジャー家の長男、一騎。イカスヘアスタイルでしょー!彼とは
アリコのお腹にいるときからのお付き合いです。(笑) 押忍 木津龍馬
追伸の追伸。んでもって、だから前回の記事はタイガーマスク
だったんすよ。 あ。そーだ、拓磨たち、リハーサルがんばれよー。
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